
― 原宿から、別の時間軸へ ―
5月のある朝。前日から、明治神宮へ行くと決めていた。
GWの喧騒が続く東京の中心で、あえてここを選んだのには理由がある。
花や絶景が目的ではなく、ただ、あの空気の中を歩きたかった。

原宿駅を降り、神宮橋を渡る。第一鳥居をくぐった瞬間。
都心の音が、消える。これは比喩ではない。体感として、空気が変わる。
🏛️ 第一鳥居、あるいは杜への入り口

鎮座百年を経て建て替えられたばかりの第一鳥居。
新しい木肌には、歴史の節目を感じさせる重みがあった。再建されたばかりでも、ここに立つと「改めて始まる百年」を引き受けているような佇まいがある。

南参道を進む。砂利を踏む音だけが聞こえる。巨木が左右から覆いかぶさるように続く参道は、歩くたびに外の世界との距離が広がっていく感覚がある。これが都心に70万平方メートルの杜を維持することの意味か、と、弁護士らしく少し合理的なことを考えてしまう。
💧 神橋と、代々木の由来

南参道を歩いていると、見見落としやすい場所がある。「神橋(しんきょう)」だ。
大きな見どころではない。木漏れ日と小川のせせらぎ、わずかな高低差がつくる静けさがあるだけの、小さな橋だ。しかし1920年の造営で現在は重要文化財。気づかず通り過ぎる人が多いのが惜しい。

その近くには、代々木の地名の由来とされる場所もひっそりと立っている。
案内板を見なければ通り過ぎてしまうが、足を止めて読むと、ただの景色ではなく積み重なった歴史そのものに見えてくる。散策とは、こういうことだと思う。
🍶 菰樽(こもだる)と和洋の調和

二の鳥居の手前で、思わず立ち止まった。全国の蔵元から奉納された菰樽が、ずらりと並んでいる。
色とりどりの銘柄が並ぶ日本酒の樽と、対面のワイン樽——和と洋の対比が面白い。

明治天皇の時代から西洋文化を積極的に取り入れてきた神社らしい演出だ、と気づく。
GWは外国人観光客に特に人気で、撮影待ちが出るほどだった。
⛩️ 日本最大級の明神鳥居と、神職の行列

二の鳥居は高さ約12メートル、幅17メートル超の木造明神鳥居で、日本最大級とされている。
深い森に包まれた空間にその巨体が静かに佇む様は、何度見ても圧倒される。

ここで、偶然の場面に遭遇した。白装束の神職の方々が列をなして進んでいく。
参道の空気が、一瞬で引き締まった。観光地でありながら、ふとした瞬間に神域であることを強く実感できる——明治神宮の、もっとも正直な姿だと思う。

🌳 南神門、夫婦楠、そして静謐なる拝殿

三の鳥居を抜けると南神門が現れる。
大きく反り上がる屋根と深い木の色合いが美しく、青空と新緑によく映える。組木や軒裏の造形も繊細で、近くで見上げるほどに迫力が増す。

拝殿前の夫婦楠(めおとぐす)は、明治神宮を象徴する御神木だ。二本の楠が寄り添うように並ぶその姿は夫婦円満の象徴として親親しまれているが、新緑の季節は空いっぱいに広がる鮮やかな緑が圧巻だった。

しめ縄越しに複雑に絡み合う枝を見上げていると、不思議と時間を忘れる。
📷を構えたまま、しばらく動けなかった。

外拝殿は巨大な社殿でありながら、周囲の杜に自然に溶け込んでいる。深い木の色合いと反り上がる大屋根の曲線が見事だ。木漏れ日の下で眺めているだけで、心が整っていく。
🏞️ 神宮御苑へ、もうひとつの静けさ

参道から一歩外れると、空気がまた変わる場所がある。神宮御苑だ。維持協力金は500円。しかし、その価値は十分にある。







かつての大名庭園を基に整えられた昭憲皇太后ゆかりの回遊式庭園で、四阿(あずまや)、南池、隔雲亭(かくうんてい)と順路を辿るだけで、明治神宮の境内とはまた別の静けさに包まれる。木々の密度、水の流れ、小径の曲がり方まで計算されており、歩くほどに心が落ち着いていく。




菖蒲田の花菖蒲はまだ咲いていなかったが、アヤメが咲いていたので一枚に収めた。
加藤清正が掘ったと伝わる清正井(きよまさのいど)は、GWだったためか大行列。今回は訪問を断念した。つつじ山のつつじはすでに散っていたが、見上げれば太陽を透かした木々がある。それで十分だった。
清正井と花菖蒲の見頃を狙って、また来る理由ができた。
🌿 杜を出て、思うこと
神宮橋を渡り返したとき、背後の杜がまだそこにあることを確かめるように振り返った。東京の中心に、これだけの静けさがある。それを維持してきた百年の積み重ねに、素直に頭が下がる。
花が目当てでなくてもいい。何かを「整えたい」日に、ここへ来ればいい。砂利の音を聞きながら歩だけで、不思議とそれができる。明治神宮とは、そういう場所だと思う。













2026.5 撮影📸
東京・神田で弁護士法人を経営する傍ら、日々の仕事で得る「理」とは対極にある「情」と「美」を求めてブログを立ち上げました。
このブログでは、法律という記録の仕事から離れた、一人の男の"余談"と"趣味の覚書"(食、旅、写真)を綴ります。


