最近の週末は、晴れ続き。
3月1日、日曜日。この日は曽我梅林に行くと決めていた。
35000本の白梅があると聞けば、期待に胸を膨らませずにはいられない。
🗻 曽我梅林、落花の白梅と富士の山

下曽我駅に到着し、梅まつり会場に行く。
「あれっ、ちょっと待て。」
一面の白梅を期待していたところ、ほぼ花は落ちていた。
道案内をしてくれているスタッフに聞けば、すでに白梅は散ってしまったとのこと。
どうやら一足、二足、遅かったようである。
しかし、落花した梅の木越しに、富士山がはっきりと見える。これは至高。
日本人のDNAに刻み込まれた富士山に対する畏敬の念が沸き起こる。
🌸 枝垂れ梅の優美な主張



白梅の盛りは過ぎていたものの、枝垂れ梅が見事な生命力を放っていた。
放射状に広がる枝、空から降り注ぐような桃色の雨。

透過する光。アップで捉えた花びらは、春の光を透かし、まるで内側から発光しているようだ。
❄残白 ― 名残の空に、凛と佇む



わずかに咲き残った白梅。
光を抱き、風に揺れ、ただそこにあるだけで、空気を清める。
🚶♂️ 踏破という選択
不完全燃焼に終わった曽我梅林。
時間は、まだ11時15分。このままでは終われない。
近隣の河津桜スポットとして注目を集めている「おおいゆめの里」
Googleマップで調べれば、5.3キロ。1時間30分の距離。
「行くしかない。」と思って歩き始めた。
35000本の白梅は、本当に至るところにある。古くからある家の庭には、当然のように梅が植えられている。
気になって調べれば、その始まりは、戦国時代、北条早雲が兵糧用として植樹したのが始まりとのこと。
実用から始まった600年の歴史が、この風光明媚な土地を作り出したと考えると不思議なことである。
思った以上に、距離がある。思った以上に、登る。
心地よい疲労が蓄積した頃、目の前に現れたのは「おおいゆめの里」の絶景だった。
🌸 おおいゆめの里 ― 華の春

視界が開けた瞬間、一面の河津桜。
左上に濃いピンクを置き、下に淡い桜の海。奥には山並みが重なる。
山の傾斜に沿って広がる桃色の層は、三浦や松田とはまた違う、包み込まれるような安心感がある。

ローアングルで花を抜けば、背景の幹がボケ、花が浮き上がる。

そして逆光。太陽を入れ、花弁の縁が光る。
少しのハレーションが、春を演出する。
🧭 結論
曽我梅林で「静」を撮り、おおいゆめの里で「華」を撮る。
歩き疲れたが、それでも、心は満ちている。
今日も、撮れた。
いや――春を、踏破した。












東京・神田で弁護士法人を経営する傍ら、日々の仕事で得る「理」とは対極にある「情」と「美」を求めてブログを立ち上げました。
このブログでは、法律という記録の仕事から離れた、一人の男の"余談"と"趣味の覚書"(食、旅、写真)を綴ります。

